思い出に残る商談 「価値の相違」【アスクラボメールマガジン】
今から十数年前、工業団地に誘致されたある大手電機メーカの工場との商談においてトラブルが生じました。その工場より要望のあった事項について、弊社営業担当が先方の窓口である担当のAさんと打ち合わせを行った結果、パッケージソフトで対応可能と判断して納入しました。
しかしその後、パッケージソフトそのままでは運用が難しいとAさんからクレームが入ったのです。弊社の担当営業とその上司が同行し、運用での回避策を提案しましたが納得を得ることができず、パッケージソフトで対応可能とした弊社の判断ミスを問われ、無償でのカスタマイズ対応を求められました。
カスタマイズ対応のための工数をはじいたところ、数百万円の費用が発生することが見込まれ、弊社にとっては大変痛い金額でした。確かに弊社の判断ミスがあったことは否めません。しかし、先方の担当であるAさんも相応の業務スキルとITスキルを持たれており、双方で打ち合わせを重ねた上でのパッケージソフト導入という判断であったため、100%弊社の責任とは思われませんでした。
ふたたび、弊社担当営業とその上司が同行して責任の範囲について話をしたところ、やはりAさんは一方的に弊社の判断ミスを訴え、弊社へ全面的な費用負担を要求したため、その場で話し合いの決着はつきませんでした。
その後、Aさんより弊社の担当営業に対して「今回のようなことが工場長の耳に入ると御社の評判が悪くなる。黙って無償対応した方が御社のためにもよいのではないか?」と多少脅し気味とも言える連絡があり、私のもとにも担当営業の上司から報告が入りました。その上司は、責任の所在を明確にするには難しい状況でもあり、対応・判断を私に仰ぎにきたのです。
カスタマイズの無償対応を行った場合、弊社としては数百万円という対応費用が損害として発生します。しかし、その結果として弊社は相手に対して「ミスを犯した場合、責任を持って修正・対応する会社である」という「信用」が財産として残せます。ただし、その「信用」という財産も、先方のトップである工場長に理解していただくことができなければ「損害」しか残りません。
この前提を踏まえ、今回の状況は弊社の判断ミスもあり迷惑をかけているため、先方のトップである工場長に直接謝罪し状況の説明を行うという判断に至りました。そして、先方の窓口である担当のAさんに、工場長との面会の調整をお願いするよう営業の上司に指示をしたのです。
数日後、Aさんが突然来社されました。Aさんが工場長にトラブルの状況説明を行ったところ、「両者で打ち合わせをした上での判断であるにもかかわらず、一方的に相手に責任を押し付けては弊社の会社としての質を問われる。その結果として何を失うのか解っているのか!」と工場長よりお叱りを受けたとのことでした。Aさんは「カスタマイズ費用は弊社で負担します」と申し出されましたが、両者痛み分けの負担に納まり決着しました。
商談は、相手の求めるもの(求める価値)とこちらの提供できるもの(提供する価値)が一致してはじめて成り立つと私は思っています。そしてその価値は、たとえ同じ会社であっても、それぞれの役職やポジションにより違いがあり、より現場に近いほど部分最適な価値を求め、上層部・経営者層になるほど全体最適な価値を求める傾向が強くなると思います。
トラブル対応の場合も同じで、相手の求めるものとこちらの提供できるものが合致しなければトラブルが生じます。今回紹介したトラブルのケースでは、無償対応という「金銭的な損害」と、企業としての信用を失うという「社会的な損害」の比較、部分最適か全体最適かという「価値」の判断が最後の決着を導いたと思われます。
アスクラボ株式会社 CEO 川嶋 謙